(1)M新聞

 報道というと、この事件について相談したE先生のことを思いだす。E先生は、私の話を聞かれて、なんと、私と同じように激怒され、さらに「そんな奴には、社会的制裁を加えないといけない」と言われた。何日かして、E先生の方から、お電話頂いた。「先生から話を聞いた夜、頭にきて眠れませんでした」と言われた。こっちが、その反応にびっくりした。その頃、まだ、たった一人で、闘っているような状況だったので、その言葉が本当に嬉しかった。
 報道関係者に知り合いはいなかった。すると、E先生は「私は、ある新聞社の支局長さんと知り合いだから、紹介しましょうか」と言われ、高級な店で、本当に、そういう席をもうけて下さった。しかも、すべて、W先生の奢りで。
 支局長さんに、お会いする前に、熊本地裁の判決のことを思いだし、図書館の倉庫の中を、6月末の記事だったという記憶を頼りに探しまわしてやっと見つけた。その記事のコピーを事前に支局長さんに送ると、その記事を書いた記者と連絡をとってくれて、たくさんの関連資料を私に送ってくださった。
 支局長さんは、「裁判に勝つとか負けるとか、そんなことでなく、闘う意志を持つことが一番大事なことだと伝えてください」と言われた。その言葉は、確かに彼女に伝えた。陳述書を書いている手を休めて、彼女はその言葉を聞いていた。
 年度末に西部本社へ転勤されたが、転勤される前にお電話を頂いた。「判決がでたら、連絡してください。部署は変わったけど、知り合いは沢山いますから」。嬉しい言葉だった。
 あの男のように悪い奴もいるけれど、こういう人たちもいる。



(2)N新聞

 福岡SAのT先生から、ある裁判の証人になることになったと連絡があった。その事件は新聞記事になっていますと言われて、N新聞の「犯罪被害者の人権を考える 性暴力の実像」の記事が送られてきた。
 記者から、裁判の傍聴をしたいから、日時を教えてくださいと連絡が入った。「裁判官に知られると困るようであるなら、記者とわからないようにしています」。Aさんは、新聞記事になるなんて絶対に嫌だ。記事になるくらいなら死んだ方がましだと言ったが、記事を見せた上で、誰かわかりはしない、次の人の参考にもなるし、世論を動かすこと、法律を変えることにつながるというような主旨で説得すると、記者が裁判の傍聴に来られることを承諾してくれた。

 私は、取材に協力するに当たって「犯罪被害者」取材班のキャップと電話で、以下の条件を提示した。
 1)弁護士は、判決まで記事にしないでほしい、と要望されているので、そうして頂きたい。
 2)原告の名前や誰かわかるような記事の書き方をしないでほしい。原告は、直接の取材には、応じたくないと言っているので、そうして欲しい。
 彼女からの質問として、被告の名前は記事にでるのでしょうか、と聞いてきた。あの男の名前が新聞にでれば、彼女の近所に言い触らすなどの報復してくるのではないかと恐れているように思うので、それはやめて欲しいと言うと、少し考えられて「民事でしょ。名前はでません」と回答された。
 3)傍聴は、新聞記者の方とわからないようにして頂きたい。
 以上の条件に対して、「キャップとして責任を持ちます」と回答された。

 私は、訴状を資料として、記者に渡すことに関して問題はないでしょうかと、担当記者にe-mailで問い合わせた。e-mailで返事が来た。「訴状の件ですが、法律上まったく問題ありません。私たち記者が取材する場合、訴状は必ず手に入れます。原告、弁護士はもちろん、支援者や支援団体、家族など第三者から手に入れる場合もあります。
 裁判は原則公開です。提訴後は弁論中、判決前であっても、地裁の民事部で訴状や準備書面、陳述書などすべての資料を閲覧させてくれます。判決が出た時は、マスコミに対して判決文を公表する場合もあります。 恐らくAさんの資料も現在、申請すれば民事部で閲覧可能だと思います。こういう状況ですので、もし私が見せていただいたとしてもまったく問題ありません」。

 弁護士の話では、この記者の言い分には、若干の問題がある。まず閲覧だが、読むことはできても、コピーなどはできない。裁判所で思うように裁判資料を入手することはできない。裁判の傍聴は、誰にもできるが、この裁判では、裁判官が傍聴に来ている人を確認されたりする。裁判官は、善意から、できるだけ、この事件が人に知られないようにと最大限の配慮をされている。以前、一人の女子学生が「裁判ウオッチング」という大学のレポートのために、傍聴に来ていた。裁判官は、誰ですかと、その大学生に裁判官席から問われたことがあった。記者なら、メモもするだろうし、裁判官には一目でそれとわかると思う。

 私は、もう一度Aさんに、取材に協力することの承諾を求めた。Aさんは、報道することについて承諾してくれた。次に、弁護士に承諾を求めた。「裁判官が、できるだけ人に知られないように内密に裁判を進めてきてくれているのに、原告側から報道機関にリークしたという印象を持たれてしまう。それは、裁判にとって不利になる」と記者の傍聴に反対された。私は、N新聞社に電話して、取材班のキャップと担当記者の方に、傍聴に来ないで頂きたいと、事情を説明してお願いした。
 時間をかけて説得して、承諾頂いたが、担当記者の方が「判決が敗訴になったら報道できませんよ」と言われたのが気になった。そういう視点なのかと、少しがっかりした。私としては、性犯罪に関する法律を変える動きになるまで、努力し続けてほしいと思っていたし、そういう意図で新聞社は取材していると思っていたのだ。