(1)場所の特定

 弁護士から、連れ込まれたホテル(いわゆる「ラブホテル」)と車内での性暴力に使った現場の写真を撮ってきてもらえませんか、と頼まれた。
 Aさんと二人で、18ケ所をまわり写真を撮影した。ラブホテルは4市に渡っていたが、全てをまわり、ホテル名と住所電話番号、外観の写真、門を入って部屋が並んでいるところの写真を撮影した。カーセックスに使用した場所5ケ所もまわった。山の奥に、こんな場所があるのかと驚くことばかりだった。今でも利用者がいるらしく、ティシュペーパーなどが散乱していた。場所を警察に通報しておいた。
 ラブホテル巡りの車中で、録音テープを回しながら、Aさんに、どんな目にあっていたのか、話してもらった。聞いていて、初めて聞く話が多かった。それも具体的な描写が多かった。私は、また、Aさんから初めて打ち明けられた時に感じた心の中を冷たいものが走り抜けるような感覚が甦った。つらいことだった。顔にそれをだせなかった。
 すべてを一日でまわることはできなかった。Aさんに場所を聞いて、近くの4軒のラブホテルは、私一人で撮影に行った。日中、男一人が車を乗り入れ、ホテルの敷地内を一巡し、車を止め撮影すると、どういう目に会うかというと、まず、ホテルのおばちゃんたちが不審そうに、近づいてくる。これはまずいと思って私は逃げた。
 最後に被告の自宅の写真を私一人で撮影に行った時には、緊張感があって、今でもよく憶えている。被告の車も写真撮影する必要があったので、被告が在宅していなければ撮影できないわけだ。
 被告の家は、袋小路になっていて、しかも道が狭く、隣の犬は、私が近づくと激しく吠えたてた。田舎だから、近所の人の目もある。
 何度か下見に行って、ある日、被告が在宅していた。奥さんの姿が、2階のベランダに見えた。夏なので、窓も開けてあって、被告は奥さんと二人暮らしだから、1階の人の気配は被告だと思った。車まで戻り、テニスシューズに履き替え、車をすぐに走らせることができるように駐車しなおし、カメラレンズのキャップを外して、足早に家の前に近づき、シャッターを押続けた。大型カメラだから、大きなシャッター音が響いた。車もナンバーが入るような構図で何枚も写真をとった。犬は吠え続けていた。そして、私は、一目散に走って逃げた。後日、警察の人に、先生はなんて危険なことをしたのか、と呆れられた。
 この車のナンバーが、被告本人のものであることを証明する資料として、陸運局で車検証のコピーを入手した。知り合いの自動車会社の営業の方に事情を説明したら、彼も、被告の話を聞いて頭にきたようで、喜んで手伝ってくれた。証拠集めに、使える人脈は全て使った。
 それらの写真は、論文作成時の写真のように、台紙に張り付け、説明文をつけ、証拠として裁判所に提出した。山奥の現場については、地図まで添付して、場所を明らかにした。その地図は、国土地理院のもので、普通の書店には売っていないから、市内の書店を探し回った。
 資料を仕上げて、弁護士に渡すと、それを見て、「これは、興信所に頼めば100万円の仕事です」と妙な褒め方をされた。
 裁判の席で、その資料を見た裁判官が、「これは誰が撮影したのですか」と聞かれ、弁護士が「原告と先生の二人で撮影してまわったのです」と回答された。この頃から、裁判官は、私が深く関与していることを知ったのだと思う。



(2)回数の推定

 一体、何回くらいの淫行回数だったのかも、会っていた頻度から推定して、資料として提出した。学校から、当時の授業日程まで取り寄せ、当時のカレンダーをみながら、Aさんの記憶を甦らせ、できるだけ正確な数字にしようとした。概略計算してもっと正確にした方がいいでしょうかと弁護士に相談すると、「100回も130回も変わりませんよ」と言われて、概算の回数にした。でも、かなり精度は高いと思う。
 これも前回の裁判の席で、被告側弁護士が、姦淫回数が多すぎると弁論し、その根拠を求めていたのだが、私の作成した資料をみて、それからは、何も言われなくなった。回数算出の根拠もきめ細かく記載しておいた。



(3)被告の刑事裁判記録の開示請求

 裁判が始まり、裁判所の開示請求によって、被告が県青少年健全育成条例違反で逮捕された時の資料が検察庁からでてきた。判決は、たった罰金10万円だったが、その資料の膨大さに驚いた。これだけの資料が必要なのかと司法の難しさを見た思いがした。弁護士以外が内容を読むことはできないと、弁護士から止められた。
 弁護士の話では、調書中に以前付き合っていた女の子としてAさんの名前がでていたと聞いた。被告は、自分は高齢だから、勃起力もなく性行為はできないと主張しているが、その資料の中には、ホテルやカーセツクスをしていたことが、書かれていたと言う。逮捕されて、有罪になっているから、当然の事ではある。しかし、今だに、被告は、自分は高齢だから、医学的にも性交できないと、主張している。
 この件については、たまたまエレベーターで一緒になった泌尿器科の医師に、事情を簡単に説明して、何か参考資料はないですか?と聞いたら、30分もしないうちに、最新の論文のコピーを持ってきてくれて、説明してくれた。彼はどちらかというと寡黙な感じの人だが、彼も話を聞いて、怒ったみたいだった。その医学論文を見ると、60歳代では70%の男性が勃起力も陰茎硬度もあり、性交可能であった。70歳前半でも50%が性交可能であるという報告に少々驚いた。弁護士に郵送しておいた。

資料14【老人と性欲】
性欲は加齢と有意な関連はないこと。65歳〜70歳では、約15%弱の老人に陰茎勃起硬度の低下がみられますが、残りの85%強の老人は陰茎勃起硬度があると報告されています。
     (渡辺正信、他:老化と性機能. 泌尿器外科9巻1号, 11-14頁, 1996年)。
勃起能力の低下を来している人の割合は、60歳代が20〜40%、70歳代で40〜50%で、逆に言えば、60歳代の70%〜60%、70歳代の60〜50%は勃起能力があり、性交可能と報告されています。
     (白井将文監修:性機能障害. 加齢, 255-261頁, 南山堂, 1998年)。


(4)事故記録

 Aさんは、希死念慮からの交通事故を何度も起していた。積極的に自殺する勇気はないが、猛スピードをだして走行するとか、左右確認せず交差点に飛び込むとか、自分が死んでもおかしくない状況に自分を追い込んでいた。別れた後も、希死念慮はずっと続いていたと言う。
 裁判官から事故の記録を提出するように言われて所轄署に行った。所轄署へ行くと、受付の人が、事故証明書の交付は、所轄署で申請すれば2週間を要するが、県警本部内の交通安全センターへ行けば、県内なら即日交付、他府県でもファックスで照会して早急に連絡してくれるから県警の方へ行きなさいと教えてくれた。私とAさんは、県警本部へ行った。なるほど、すぐに証明書を発行してくれた。それも、「_市で何月頃」なんて、曖昧な表現でも探しだしてくれた。
 自損事故などで、事故発生時に警察に通報しておらず事故証明書がない場合は、修理伝票などで代用した。Aさんの場合、親の知り合いの自動車修理会社だったので、2年以上前の修理伝票が、なぜ今になっているのかと聞かれて、親はそれ以上言えず、引き下がった。
 だが、山の中で、時速120kmでカーブに突っ込み、自損事故した時の記録なので、弁護士は、どうしても入手したくて、「税務上5年間は保存の義務があるはずです。記録がないと言うなら、会社の人にそういう修理をしたことがあるという裁判所への陳述書を書いてもらってください」。こう言われて、親も本腰をいれて会社に頼み、出てきた。それで、事故の日時もはっきりした。私は、すぐに、その修理伝票を弁護士へ郵送した。
 タイヤが4本ともパンク、ドアを2枚取り換え、車体も破損。延々と続く修理記録の項目の数に驚いた。修理可能なうちは、まだ、よかった。その後、2台の車を衝突事故で廃車にしていた。



(5)ホテルの車両記録

 ホテルに連れ込まれたりしたことを証明する資料として、ホテルの車両ナンバーの控えを、裁判所命令で提出させることができる。個人的にホテルに車両ナンバーの控えを見せてほしいと電話しても、「一限の方にはお見せできない」と言われて断られた。脅迫に使うのではないかと考えたのだろう。裁判所命令で提出を命じてもらうのが、証拠としての価値も高く、妥当な方法だと思う。
 また、記載された車両が、被告の車両であることを証明する資料は、陸運局にいけば、本人でなくても車検証のコピーを入手可能である。



(6)医師の診断書

 医師は、事情の概略を聞いて、診察時の録音を行い、診察の詳細を記録する対応をしてくれた。受診する病院は、個人開業医よりも、大学病院、県立病院などの公的総合病院が望ましいと思う。
 裁判所では、診断書を証拠として認めた場合、医師の経歴、その疾患に対する経験度を考慮する。医師としての経験が十分でないと考えられた場合、被告弁護士から異議が唱えられた場合は、他の医師による再診察や精神鑑定が行われる可能性があるので、そうした再度の診察を避けるために、トラウマについて経験の豊富な医師に診察を依頼することが大切だと思う。
 診断書は、訴訟関係者ではない第三者によって公平に記載されたものとして裁判所で高く評価される。診断に要した時間、治療がどうなったか、心理検査が行われたかどうかも問題となる。さらに、PTSDと診断された場合、その治療については、自助グループが、なぜいいのかということも説明が必要だと思う。



(7)関係者の陳述書の書き方

 陳述書には、「何月何日に、誰から、どのような主旨の話を聞いた」、というような事実関係を裏付けるための記述を行う。そこに、自分自身の判断や意見を記載してはいけない。陳述書は、具体的な行為、出来事があったことの認定を裁判官にしてもらうことが目的となる。 
 陳述書は法律を知らない一般人が書くものであるという前提があるので、書式には特に規定はないが、訴状などは、B4の袋とじの用紙を使っているので、その大きさがいいのかもしれない。記載の順序は、訴状や準備書面の流れに従って記載していき、対比ができるようにしておくと、裁判官は状況を理解しやすくなる。裁判官は多忙なので、最後まで読んでもらうためには、だらだらと記述せず、簡潔に要点を絞って記述していくことが重要のように思う。
 私は陳述書を3回書いたが、毎回、最初は、書いているうちに、これも言いたい、と言いたいことが多すぎて長くなる傾向があった。いったん、とにかく書いて、それから不必要なことを削除して短くしていった。それでも、弁護士に読んでもらって、おかしいところをチェックしてもらう時、「たくさん書いて頂いて嬉しいのですが」とか、「今回は、短いですね」と言われた。私は、教育職なので書くことには慣れているからだと思う。

資料15【関係者陳述書の要点】
1. 基本的に証人が1次的に体験した範囲についての記載に留める。
2. 微に入り細にいる書き方はしない。簡潔に事実を書いていく。
3. 被告の処罰要求、事件に対する意見など書かない。


(8)原告の陳述書の書き方

 原告の陳述書には、悲しかった、辛かったなど感情を記載するのではなく、被告との具体的な会話、被告によって行われた具体的な性行為の内容について詳述する。出来事があったことの認定を裁判官にしてもらうことが目的で、事実があったことが認定されなければ、それに伴う感情は存在しないことになる。
 原告の陳述書は、自分自身で書いたことを示すために、ワープロでなく、自筆陳述書がよいと言われた。書き直しやすいように鉛筆書きで記載していき、それをコピーしたものに署名捺印して提出する。日付・住所・氏名の署名捺印は、ここで終わるという意味をこめて、陳述書の最後の部分に記載する。陳述書が数ページに渡る場合は、ページの上の部分を半分折り曲げて、各ページ間に割り印を入れる。
 Aさんは4回陳述書を書いた。その中の2回は長文だった。弁護士には、この苦労はわかってもらえないかもしれないが、とにかく大変だった。嫌なことを思いだして、その詳細を書いていかなければならない。その時の様子が、第三者に手に取るようにわかるように。そういうことをすれば、その時の生々しい気持ちを思いだして「解離現象」を起しても無理はないことだと思う。Aさんから「先生が側で深刻な顔をしているとつらいから、明るい顔をしていてください」と言われて、そうすることにした。

資料16【原告陳述書の書き方】
1. 「原告が自分に訴えている」というイメージを裁判官が持つような書き方をする。
2. 原告が直接体験したことを自分の記憶のままに裁判官に訴えることで立証する。
3. 原告は、まずあった出来事を具体的に書く。例えば、会話も生のままの言葉で書く。その時の気持ち、感情(恐怖や絶望)は事実そのものに語らせる。事実を読むものをして恐怖や絶望を想像させるようなものが最高である。逆に、感情(恐怖や絶望)ばかり書いている文章は客観的出来事と主観的側面が乖離する可能性があり、足元をすくわれてしまう。
4. 訴状と準備書面で書いた事実の流れにしたがって(その方が書きやすく裁判官も読みやすい)、肉付けをしていく。しかし、主観に流されず、できるだけ生の言葉で具体的に記述していく。その方が、読むものが読みやすく、また、裁判官は事実を押さえて判決を書いていくので、当時の原告の気持ちは、事実関係をまず押さえておかないと認定してもらえない。訴状と準備書面の事実をしっかりと書いていく。